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陸海空 -Caress of Venus- 第一章 第九話

2005/12/08 22:03 [Thu]
15-01

夏海「結構長居しちゃったし、そろそろ帰ろうか~」
益田「そういえば渡し忘れていたね。はい、車の鍵」
 マスターはそう言うと、俺の前に楕円形の部品を置く。あ~、知性化錠ってやつね。
夏海「なに、その車って」
公人「粗品として自家用車一台貰った……?」
 あまりにも現実離れした粗品であり、貰ったと言うのも違う気がして微妙な返答になる。
空  「おめでとうございます。車を粗品として用意してたのでは、すぐに渡す事が出来ないのも頷けます」
 やはりクーも粗品の件は疑問だったようだ。しかし、ツッコむ部分はそこじゃない。

夏海「粗品で車用意しておくなんてマスターも太っ腹ね~」
益田「車があると便利だろうと思ってね~。でも、公人君は貰うのは気が引けるらしくて話し合った結果、間を取って100万だけ支払って貰う事にしたんだよ」
空  「さすが公人さんです。その奥ゆかしい態度はとても好感が持てます」
 クーの意見に反対する者はいないようだ。喫茶店の記念品として根本的に間違ってるだろ……
空  「……しかし、公人さんに借金をさせるわけにはいきません。明日にでも残金を用意させて頂きます」
公人「ちょっと待て。それは恐ろしく間違ってる」
夏海「クー、抜け駆けはさせないわよ。公人を借金で縛り付ける魂胆がみえみえね」
空  「私は借金などで公人さんを縛り付けるつもりはありません。ただ、それに見合った誠意ある行動を示して頂ければ本望です」
夏海「本音が出たわね…… その借金は私が払っておくからクーは黙ってなさいっ」
公人「あの…… 俺が自分で払うから……」
 不毛な言い争いを続ける二人。俺の声は多分聞こえているのだろうと思うが、スルー。
益田「二人とも楽しそうだね~」
 マスターも楽しそうだった。



15-02

公人「あ~。第三者的な視点からなら楽しめそうですね……」
益田「どちらか片方に決められれば少しは楽になると思うけど、それも難しいよね~」
 いつも通りの笑顔で笑うマスター。
公人「ここ数日で周囲の状況すべてが変化してしまって、正常な判断ができないんですが。マスターだったら決められますか?」
益田「う~ん、僕は奥さん一人だけだったし、参考にはならないと思うよ? 出会ってから今まで刺激的な日々を送ってるって点は似てるけどね~」
 気が付くと二人は言い争いを止め、マスターの話に身を乗り出して聞いていた。
益田「…………」

夏海「マスター、興味深い話ね」
空  「是非とも続きをお聞かせ願います」
 二人に詰め寄られどうしようか、と考え込むマスター。
益田「話は変わるけど、借金がなくなると公人君がバイトする理由がなくなっちゃうよ」
 今度は二人が悩む立場になった。

夏海「よしっ、公人の借金は200万からスタートで決定!」
空  「あまり賛成したくないですが、やむを得ません」
 ぉぃぉぃ。実際には借金ないからいいけど、それはあんまりじゃないか?
益田「それだと粗品を別に用意しないといけないね~」
公人「いや、それ以前に200万ってとこにツッコミ入れて下さいよ」

空  「……名案があります。公人さんを従業員の福利厚生の為に雇って頂ければ、私がその分を補って余るほど働きます」
夏海「そうね~。どうせ公人が出来る仕事なんて限られてるんだし、私達が休憩する時に時間空けてくれるなら今の二倍は働けるわね」
益田「頼もしいな~。じゃぁ、それが粗品としての条件で決定ね~」
公人「俺の意思は無視ですか……」
夏海「それじゃ公人は借金を返せる当てはあるの?」
 今更借金はないと言えない俺は条件を呑むしかないのか……



15-03

益田「明日から早速三人には頑張って貰おうか~」
空  「はい。なにぶん初めての事なので至らない点もあるとは思いますが、ご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」
夏海「硬い。そんなの『これからよろしく~』でいいのよ」
公人「夏海は柔らかすぎだ……」
益田「あまり堅苦しく考えなくていいから。じゃぁまたね~」
 あはは~と笑うマスターに見送られながら駐車場に向かう。

空  「これが公人さんの車ですか?」
 喫茶店に入る前にガレージから出しておいた車を前に、クーが珍しい物でも見るように聞いてくる。
公人「実感はないんだけど、そんな感じらしい」
夏海「へ~、粗品っていうからどんな車かと思ったら結構、いい車じゃない」
公人「マスターいわく、スーパーカーだそうだ……」
 ふと目を合わせる二人。その瞳の輝きに背筋が凍る。

空  「夏海、車の座席で一番安全なのは後部座席と聞きます。助手席は私に任せて、安全な座席でリラックスしていて下さい」
夏海「あら、同じ事考えていたようね~。リアシートにはクーが乗っていいわよ」
 火花を散らしながらジリジリと間合いを取り続ける二人。まさに戦闘体勢。
公人「ぁ、あの~。今からどこか寄ってそこで交代するというのはどうかな……」
空  「その案は喜んでお受けしますが、これはまた別問題です」
夏海「そうね、これだけは今決めないと意味がないわ」
 暮れかかる空を見上げ溜め息を吐いた。

空  「快適ですね。私はこの車が気に入りました」
公人「確かにコンパクトカーっぽくないね」
 助手席には冷静に車の評価をしつつも、どことなく嬉しそうなクー。夏海はリアシートに崩れ落ちている。
 ジャンケンは神聖だ、諦めろ……



15-04

空  「ところでどこに向かう予定ですか?」
公人「う~ん、どこか行きたい所ある?」
夏海「……高台の公園」
 力なく起き上がりつつ呟く夏海。確かに歩きで向かうには遠いし、丁度いいかも知れない。
空  「では公園でお願いします」
夏海「ふん、リアシートに一番最初に乗ったのは私なんだから。今のうちに満喫してやる」
 そう言ってごろごろとシートに張り付く。
 お前は猫か……

 公園の駐車場に着いた頃には日も暮れかけ、空が紅く染まっていた。
夏海「さすがに、この時期に来ると肌寒いわね。もうちょっと厚着してくれば良かったなぁ」
 そう言いつつ腕に絡み付いてくる。勿論クーも。
空  「しかし、横に公人さんがいて下さるので、私は心地よいです」
公人「こんな所で腕組むのはやめろ」
夏海「そんなの気にする必要ないわよ。殆ど車も停まってないじゃない」
空  「そろそろ秋も終わり冬になりますから、好んで人が来るような場所ではないです」
 そのまま二人に導かれ、街を一望できる場所まで歩く。

 視界いっぱいに広がる街並み。駆け足で暮れていく時間の街には、ちらほらと街灯が灯り始める。
空  「……綺麗ですね」
夏海「風がなければもっと良かったのに……」
 風に舞う髪を押さえながら縮こまる夏海。遮蔽物の少ない展望台は風が強い。
 組まれたままの腕を背中に廻すと二人を抱き寄せる。
公人「少し寒いね」
空  「公人さんは暖かいです」
夏海「折角の景色が見られないのは残念だけど、我慢してあげるわ」

 柔らかく抱き付いてくる二人を優しく包み込みながら考えていた。
 ヒーローになれば平和な日常を守れるのか。
 マイのようなバケモノから二人を護りきれるのか、と。



15-05

 今度はナビシートに夏海が座る。
公人「そういえば車はどこに停めておけばいいかな?」
夏海「敷地内にガレージがあるから空いてる所に停めたら?」
空  「リンが主に使用していますが、車を停めておくスペースは空いていると思います」
公人「じゃぁ、邪魔にならない所にでも停めさせて貰うかな」
 屋敷に到着し、荷物を抱えて二人が降りる。
夏海「問題ないとは思うけど、リンのおもちゃの近くに置かない方がいいわよ」
空  「玩具なのかは分かりませんが、念のため離れた所に停めた方が無難です」
 二人の台詞に首を傾げながらもガレージに向かった。

 ガレージらしき建物の前に立つ。屋敷の大きさにも驚いたが、これもデカイ。
 2階建てかと思ったが、入り口の巨大な金属製の扉を見て吹き抜けの建物だと気付いた。
公人「うゎぁ…… 重そうな扉だな……」
 試しに軽く引いてみると軽々と開く扉。絶妙のバランスで取り付けてあるらしく、殆ど力を必要としない。
 無用心だなぁ、と呟きつつ扉を開けると、車のライトに建物の内部が照らされる。
公人「……何、コレ」

 大小様々な機械が壁際に並び、ハンガーらしきモノまである。
 極めつけは巨大な保管庫だ。少なく見積もっても1階建ての建物くらいの高さがある。
公人「これは、見なかったことにしよう。うん……」
 入り口付近の何も置いていない空間に車で乗り入れると、扉を元通りに閉め屋敷に戻った。

 精神的な疲労感を覚えながら屋敷の扉を開けると、二人の声に迎えられた。
夏海「おかえりなさぁ~い、ご主人様」
空  「おかえりなさいませ、ご主人様」
 目の前には萌え産業に特化したメイドが二人かしずいている……
公人「……えっと、なぜメイド服着てるの?」
空  「公人さんが以前、メイド服が好きだ、と言っていたので探してきました」
 うん、否定はしないけど。頭のソレはヘッドドレスじゃなくてボンネットだから。



作者注

ヘッドドレス:広義では頭部を覆うモノの総称だが、ここではカチューシャ・ヘアバンド状の髪飾りを示す。メイド服のオプションとしてはヘッドドレスと呼ばれる事が多い。頭部の装飾や保護を目的とされていたが、時代的背景の変移により、地位や職種などを示す儀礼的な意味合いが強くなった。

ボンネット:襞付きの布で縫製したあご紐の付いた女性・子供用の帽子で、額を出し顔を縁取るように被る外出用の帽子。ゴスファッションでは髪飾りとしてリボン、ハット、ボンネットを好む傾向がある。



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