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銀世界 -II-

2006/01/12 19:45 [Thu]
「さて、ここからが問題だ……」
放課後の廊下。生徒の騒ぎ声がこだまする校舎の中で、壁に背を張り付ける。
左手には階段、右手には廊下。首を伸ばすように通路を伺う。
「よし、誰もいないな」
「いないようだね」
足元から聞こえる抑揚のない声にただ頷き、廊下を横切ろうと──
「ところで、こんな場所で何してるの?」

慌てて振り向くと、座り込んでこちらを見つめる少女が一人。
騒動の発端。無敵の不思議系、クーがいた。
「なっ…… 誰のおかげで俺がこんな羽目になったのか分かってるのか!?」
「もしかしてボクのせい?」
心当たりがないとでも言いたげに、涼しげな表情のまま首を傾げる。
我が道を突き進むクーには、間接的に指摘しても意味がない事を知った。
「俺が口止めしたにも関わらず、クラスに全員揃ってる状態で告白してきたのはお前だ」
「放課後まで待ってたら誰かに先越されちゃうかもしれないでしょ?」
涼しげな表情は一切変えず、淀みなく言い切る。
「とにかく、連中に見付かったら只じゃ済まないんだ。こんな所で──」
「理由は分からなかったんだけど、助けようと思って鍵借りてきたよ。付いて来て」
鍵の付いた木札を揺らし軽く微笑む。
くるりと反転すると階段を昇っていく。今気付いたが、肩には大き目のバッグ。
逃げ込む場所の当てなんて思い付かないので、仕方なく付いてゆく事にした。

クーはリズミカルな足音を立てながら階段を昇る。
時折後を振り向いては付いてくる事を確認し、微かに目を細める。
少し前まではこんな雰囲気でクーと話すようになるとは思わなかった。
誰とでも気軽に会話するクー。よく笑うが、何を考えているのか分からない冷静な表情。
容姿だけ見れば、どこにでもいそうなちょっと可愛い女の子。
どことなくセンスのずれた不思議な言動。とてもユニークだ。

そんなことを考えながら階段を昇って行くと、屋上に続く扉の前でクーが鍵を開けていた。
「屋上に上がる許可なんて誰に取ったんだよ」
「ん? 誰にも言ってないよ」
「なっ、それじゃどうして鍵なんか持ってるんだ!?」
「無断で借りてきた」
そう言うと扉を開き、腕を絡めて引っ張る。
「気にしない気にしない。早くしないと見付かるよ」

屋上は先日の積雪の名残で一面の銀世界になっていた。
こんな時期に屋上を使おうとする者はいないので、誰にも荒らされていない雪。
それが公園での一件を思い浮かべさせる。
「うわ、冷た~い」
くるぶしまで埋まった足を引き抜くと雪を払う。
「そりゃ雪だし……」
「この間もこんな雪景色だったよね」
クーは振り向いてにっこりと微笑む。

同じ事を考えていた事に気恥ずかしさを覚え、顔が紅くなるのを感じる。
「キミって結構照れ屋なんだね。ちょっと得した気分」
そう言ってバッグからレジャーシートを取り出し足元に広げる。
「何が得なんだか理解できねぇって」
「だって他の人はそんなこと知らないと思うよ?」
軽く微笑むと、少し大きめの座布団を手渡してくる。
「はい、そこに座って」

確かに立っているのもおかしいので、レジャーシートの上に座布団を敷き、座る。
「準備がいいな。普通、座布団とかレジャーシートなんて学校に持って来ないだろ」
「そう? 屋上では必需品だと思うけど」
「前提が間違ってる。この学校じゃ、まともな生徒は屋上に縁がない」
クーは、えへへ~とでも言い出しそうな表情で頭を掻く。

「もう少し場所詰めて。ボクが座れない」
場所を詰めろと言われても、レジャーシートは大きく、空いている場所はたくさんある。
「お座布団は1つしかないの。それともシートの上に座らせるつもり?」
その台詞に、慌てて座布団の端に寄る。空いた場所に腰かけるとクーは腕を絡ませてくる。
「そんなくっついてくる事ないだろ……」
照れ隠しにぶっきらぼうな口調で言い放つ。勿論顔はクーの反対側に向けている。
「二人用じゃないから無理。──そうそう、寒いでしょ。飲み物もあるよ」
そう言うとバッグの中から缶紅茶を取り出し、プルトップを引き開ける。
「はい、熱いから気を付けて」
手渡された紅茶は少し冷めていたものの、まだまだ素手で持つには熱いくらいだ。

相変わらずの感情を読めない表情。じっと見詰められると気恥ずかしくなる。
そんな感情を振り払うように缶紅茶を傾ける。少し熱いが何とか飲める。
うんうん、と頭を上下させるクー。
「落ち着いたところで返事が欲しいんだけど、ボクの事は好き?」
唐突にかけられた台詞に、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。
クーはこぼさないように紅茶を受け取ると、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「何とか大丈夫…… 突然言われたからむせただけ」
「ボクはキミのことが好き。でも、キミが他に誰か好きなら今回は諦める……」
紅茶の缶を指でもてあそびながら、うつむきつつ呟く。
そんな仕草がとても可愛らしくて、普段の何となく冷静な印象とのギャップに戸惑ってしまう。

「クーのこと、す……好きだけど、彼女とか恋人っていう関係がいまいち分からないんだ」
手に持った紅茶を傾け、喉に流し込むクー。一息ついてこちらを振り向くと抱き付いてくる。
熟した果実のように柔らかく、暖かな唇が静かに重ねられる。
突然の出来事に硬直する俺から身体を離すと、にこやかに笑う。
「ボクも初めてだからよく分からないけど、こういうことだと思うよ?」
混乱したまま雪景色を背にしたクーを見詰める。クーは紅茶の缶に口を付けながら微笑む。
白銀の世界でのファーストキスはレモンティーの味がした。


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