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feel

2006/07/01 02:03 [Sat]
 夏も差し迫ってきた蒸し暑い放課後、僕はなぜか生徒会執務室にいた。
 別に呼び出されて来たわけでも、生徒会活動に興味があったわけでもない。
 現生徒会副会長である桐生綾華先輩と、同じ中学が出身校というだけなのに……


 放課後になり、これからの予定を考えながら廊下を歩いていた時に、曲がり角から
現れた女生徒にぶつかりそうになってしまった。
 僕が慌てて振り回した腕で、その女生徒が抱えていた書類をばら撒いてしまったのだから、
ぶつからなかったというのは少し間違ってるかもしれない……

「す、すいません。今、集めますから!」
 半分パニックになりながらも散乱した書類をかき集め始めた時、冷静な声が聞こえてきた。
「書類を落としてしまったのは私のミスなのだから君は気にしなくていいよ」
「でも、僕が腕を振り回し……」
「ん、どうかした? 何か硬直してるようにも見えるけど」
 声のした方向へ顔を向けた僕の目には、しゃがみ込んでこちらを見詰める桐生先輩の姿が
映り込んでいた。
 こんな間近で先輩に見詰められて硬直しない男はいないと思う。
 先輩と同じ高校に進学するために在校生が猛勉強し、中学の先生たちが大喜びしたという
噂まである伝説の人だ。
 実際、僕もこの高校に入学するために猛勉強したのだから、本当の話なのかもしれない。
 黒く輝くサラサラのショートヘアに整った顔だち。才色兼備、文武両道。
 これだけなら敵視する人も出てきそうだけど、先輩は世話焼きで人付き合いもいいので、
みんなから慕われている凄い人だ。
 しかし、告白してきた相手を全て断り続けている撃墜率100%の人らしい……

 そんな事を考えていると、先輩が心配そうな表情で首をかしげ顔を覗き込んできていた。
「ぶつけたようには見えなかったけど、本当に大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。すぐ集めますから!」
「別に慌てなくていいから」

 僕は、先輩を見詰めながら固まっていた事に気付いて、急いで書類を集めだした。
 顔どころか耳まで燃え上がりそうなほど熱い……
「ところで、君の顔を見た覚えがあるんだけど、昔どこかで会ったかな?」
「あの、僕は先輩と中学が一緒でしたから」
「そうなんだ。ごめん、私は人の名前を覚えるのが苦手だから」
「い、いえ! これといって話した事もないですし、僕は目立たない方なので……」
「目立っても、あまりいい事はないと思うよ」
 その言葉が、いつも冷静に見える先輩らしくない気がして顔を上げると、
先輩は微かに困ったような表情を浮かべていた。

 目立つような特技もなく、その他大勢に数えられるような僕とは違う。
 誰が見ても特別で、一身に期待を背負う先輩には、僕なんかには想像もできない苦労が
あるんじゃないかと漠然と感じた。
「すみません。 なんかいらないこと言って困らせてしまったみたいで……」
「困ってるように見えた? そういうつもりで言ったわけじゃないから」
「あ、あの、僕に手伝えることがあれば何でもしますから、無理しないで下さい」
「ありがとう、今は書類を集めようか」
 先輩はわずかに表情を崩し、笑顔を見せると書類を拾い始めた。
 僕も先輩にならって急いで集める。

 ほんの少し柔らかい表情をするだけで、あんな素敵な笑顔になるなんて正直驚いていた。
 やっぱり先輩は特別な才能を持っているんだ、と考えながら次の紙に手を伸ばした時、
同じ紙を拾おうとした先輩の手に触れてしまった。
「っ! す、すすすすぅいませんっ!」
 突然の事に驚いて飛び退いた僕を先輩は不思議そうな表情で見詰めてくる。
 なんとなく眉が寄っていて、怒っているようにも見える……
「……ん。 気にしなくていいよ」
 そう言うと作業を再開し始めるが、時折首をかしげて何か考えているように見える。
 これ以上先輩に不快な思いをさせないように気を付けながら、できるだけ素早く書類をかき集める。
 集め終わるまでに数人が手伝うと言ってきたのも、先輩はすぐに済むから、と断っていた。

「ありがとう。手伝ってもらえたおかげで短時間で集められたよ」
「いえ、僕のせいで先輩の邪魔してしまったので…… 本当にすみませんでした」
 書類を集め終わり、立ち上がった先輩と向き合う。
「気にしないでいいから。 それと、お願いがあるのだけど、手を触らせてほしい」
 先輩のその言葉に驚いたが、憧れている先輩に触れるチャンスは今を除いて全くないのが
わかってるので、自分でも真っ赤になってるとわかりつつ手を差し出す。
 当の先輩は僕の手をくまなく触りながら、眉を寄せて何か考え込んでいる。
「もう一つ頼みたいのだけど、私の手を握ってくれないかな?」
「ええ──っ! ……あの、ここでですか?」
 今までも人目はあったが、先輩に手を調べられている間にだんだん人が集まってきた気が
するので、僕としては本当は走って逃げたいくらいだ。
 なんか周りから凄い目付きで睨まれてるし……
「そうか、すぐ済むから一緒に来てもらえるかな」

 先輩に手を引かれ生徒会執務室に連行された僕は、生徒会役員の矢のような視線に晒されていた。
「桐生。その子は何?」
「私の中学時代からの後輩。 そんな事はどうでもいい、手を握ってほしい」
 額に青筋を立ててこちらを睨んでいる先輩──多分、生徒会長──を軽くいなすと、
さっきまで僕の手を握っていた手を差し出してくる。
 その場にいる全員の視線を痛いほど感じながら、恐る恐る握手するように握ってみる。
「──っ! これは、なんだろう。 今まで感じたことがない感覚がある……」
 僕が手を握った途端に軽く身体を震わせ、桐生先輩は呟く。

「あのー。もしかして、この人は先輩の彼氏ですか?」
 その言葉に執務室の空気が凍り付く。生徒会長は桐生先輩とは違った意味で震えている……
「そうか、今やっとわかった。私は君に惚れてしまったのか……」
 その言葉に椅子を倒しながら幽鬼のように立ち上がる人と、歓声を上げて盛り上がる人。
「こんな気持ちは初めてで何と言えば伝わるのかわからない。私と付き合ってくれないかな」
 桐生先輩は、その両手で優しく抱き締めてくる。そして怒号と歓声は最高潮に達する。
 答えは決まってるけど、それを言う勇気が僕にあるだろうか……


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